プリンセス

  • 田内 志文
  • 2011-02-10 (木)
  • 小説

1、

 タマラはアフリカのなんとか族の酋長の娘。いつもびっくりするような民族衣装を着て、彫刻の入った木製の杖をつきながら街を歩いてる。見た目年齢だけど、もう五十歳近いはず。もしかしたら超えてるかも。薄く色のついた大きなサングラスをいつもかけてて、唇だけがすごく赤く、歯だけがすごく白い。

 彼女は美容師。あたしが住んでるノーリッチという街にあるマグダレン・ストリートに『プリンセス』という店を持ってる。酋長の娘だから、その名前にしたのだそう。タマラは、自分の血筋のことを、すごく誇らしく思ってる。お店は週に三日、月水金だけ営業してるという。あたしは何度もその前を通りかかったけど、お客が入ってるのを見たことがない。あたしの知るかぎり、タマラに髪を編んでもらったのはあたしだけ。しかもそのときだって、中途半端でやめてしまった。せっかく三日がかりだったのに。初日の一番最初はていねいにやってくれたんだけど、時間が経つごとにだんだんいい加減になっていった。そのおかげで、三つ編みの太さを追っていくと、どこのエクステンションを最初に編み込んで、どこで投げ出したかがよく判る。

 彼女いわく、昔スパイス・ガールズの誰かの髪を編んだことがあるっていうけど、きっと、それをずっと語りぐさにしなくちゃいけないくらい、お店がはやってないんだ。まあ、あんな仕事のしかたをしてたらそれもしょうがないか、と納得のいく話。

 タマラは、すごく不気味なしゃべり方をする。向き合って話してると、なんだか呪いをかけられてるような気持ちになる。まるで、地の底から響いてくるような恐ろしい声をしてるから、というのがひとつ。もうひとつの理由は、じっと目を見つめながら、すっごくゆっくりと話すから。

「わたしー。このあいだー。あーなーたーのーこーとー見ーたーわーよー。ファーファーファー」言ってみれば、こんな感じ。

 彼女は、十年くらい前に英語を習ってたときの成績表と作文を大事にとっていて、自慢そうにあたしに見せてくれる。
「私の人生に影響を与えたもの」という題名の作文で「よく書けています」という評価。たぶん彼女が人生で得た、最大の評価なんだろう。作文の内容は、ざっと読んだけど憶えてない。

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