- 田内 志文
- 2010-07-07 (水)
- 小説
6、
時間的に、最後の一回になりそうだった。橋の手前に引かれた白線にバイクの前輪を合わせて止める。たった一回、ヒロミツにぎゃふんと言わせることができるならば、そこには卒検三回合格に匹敵するほどの充足感があるようにすら思える。俺は今、橋の向こうにいるヒロミツと真剣勝負をしているのだ。「お前にできて、俺に出来ないわけはない」ということを、俺は証明してみせなくてはならない。
闘志がふつふつと湧き上がってくると同時に、体が勝手に震えて止まらなくなった。アンダープレッシャーとはまさにこのこと。橋の向こうにいるヒロミツが、さも適当そうに手を挙げた。くそったれ。橋を渡りきったら土下座させてやる。俺は、ふらつきながらバイクを発進させた。注意深く橋に対してまっすぐになるように停車させたというのに、橋に乗らないうちからバイクは右に左に小さく蛇行する。ニーグリップしているというのに、車体が定まらない。
気づけば、エルボー肘になっている。俺は慌てて意識的に軽い前傾姿勢を取り肘の力を抜いた。しかし、震えは収まらない。前輪が橋に乗り上げる。ふらつく。アクセルをすこし開け、クラッチレバーを握る左手の力をすこし緩める。バイクの勢いが増し、後輪も橋に乗る……。手が震え、車体が揺れる。バイクはゆっくりと橋の終点へと向かってゆく。
ヒロミツが、面倒くさそうに俺に顔を向けている。必死になっている俺を見て、内心彼がほくそ笑んでいるような気持ちになってくる。俺は、震えているのを悟られまいとがんばるが、震えはどうしても収まらない。危うげに、えっちらおっちらバイクは進んでゆく。やがて俺はハンドルをまっすぐ保つのを諦め、わざと左右に揺らしている振りをし始めた。噛みしめた奥歯の力を緩め、ハンドルが左右に揺れるに任せる。そうだ。落ちなければいいのだから、多少揺れたって構うものか。すぐに俺は、本当にわざとハンドルを振り始めた。ヒロミツの姿がどんどん近づいてくる。アクセルを握る右手に勝手に力が入り、回転数が上がる。
ふと気づくと、がくんと前輪が落ちる感触がして、続けて後輪が橋から落ちた。だが、車体は傾いていない。渡りきったのだ。慌てて橋の先にあるデジタル時計に目をやった。
十秒八。
十秒八か! 思わず心の中で叫んでいた。
「なんかつかんだみたいね」突然、ヒロミツが声をかけてきた。「いいじゃん、そんな感じだよ。ちゃんとハンドル振って。ちゃんと回転数上げてさ。いいじゃんいいじゃん。そんな感じだよ」
狐に摘まれたような気分だった。言葉が出ない。さっさと車庫に向かってバイクを発進させたヒロミツの後を追って、俺も釈然としないままアクセルを開けた。
バイクから降りると、先に降りていたヒロミツが近づいてきた。
「明日もあんな感じでやって」教習簿を俺に差し出しながら、ヒロミツが言う。
「あんな感じでって……」
「ニーグリップしてさ。回転数上げて、ハンドル振って」
「ハンドル振るんですか?」
「なんだよ。知らないでやってたの? ハンドルまっすぐにしてたらバランス崩すでしょ。小刻みに左右に振んの、さっきやってたみたいに。安定するからさ」ヒロミツは、俺が教習簿を受け取ると「んじゃ、明日がんばってよ」と言い残し、さっさと引き上げていった。
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