- 田内 志文
- 2010-07-07 (水)
- 小説
4、
二輪の車庫に併設された教官室の前で、俺はベンチに腰掛けて煙草を吸っていた。補習まで、あと十五分少々。今日も暑い。昨日俺が落ちた一本橋を、中型の教習生たちがスイスイ渡っていく。「そりゃあスイスイだろうなあ、お前らは七秒なんだから」俺は煙を吐き出しながら、胸の中で言った。昨日の検定で、たぶん七秒もたずに落ちたことには気づいていたが、気づいていない振りを装った。
煙草をもみ消すと、俺は車庫内にあるプロテクター置き場へと向かった。中型免許を取ったころにはそんなものを着けた憶えはないのだが、胴体、膝、肘にプロテクターを着けなければ教習が受けられない。うだるような暑さの中、長袖をびっちり降ろした上にこいつを着けると、それだけで死にそうになる。最後にゼッケンをつけて両脇のホックを留めていると「まもなく教習時間になります。指導員の皆さんは教習車のところへ行ってください」とスピーカーからアナウンスが流れてきた。そろそろだ。
「おいおい、また来たのか」背中から誰かが声をかけてきた。「どこで落ちた?」
振り向くと、白いヘルメットにサングラス姿のヒロミツが立っていた。ヒロミツというのは俺が勝手にそう呼んでいるだけで、実際には違う名前だが、何という名前かは憶えていない。元ロッテ、巨人にいた落合博満に顔も体型も似ているから、初めて会ったときにそう名付けた。もちろん本人には言っていない。
「一本橋で」俺は、消え入りそうな声で答えた。
「一本橋かあ」ヒロミツがニヤリと笑った。「なるほど!」
嫌な笑いだ。ヒロミツはいつだって俺がミスをすると、このニヤリを見せる。その辺だけは名前負けしておらず「けなす、怒鳴る、嘲笑する」の三冠王だ。一段階五時間、二段階七時間(補習でさらに三時間)のうち、四回か五回ヒロミツに当たった。しかもそのうち二回は二時間連続だった。いちばん当たりたくない教官なのだが、そう思っているとなぜか当たる。俺の人生は、そういうことの連続だ。
なぜ高い金を払い、そんな態度をされなければならないのかと、俺は何度もヒロミツにキレそうになったものだった。始めっからできるなら習いになどくるわけがないではないか。だが、そんなことを言ってもヒロミツには通じないと分かっているから、俺はいつでもぐっとこらえて教習所を後にしてきた。ヒロミツの教習を受けた日は、まずい酒ばかりやたら進んだ。胸の中で「ちょっとくらいバイクが上手いからって……あの野郎……」と毒づきながら。
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