一本橋ララバイ

  • 田内 志文
  • 2010-07-07 (水)
  • 小説

3、

 何をやりたいのかも分からないまま、ただなんとなく内定が出た会社に就職した。言われたことをただ黙々とやっているだけの俺を横目に、アイデアや才能があり人付き合いも器用な同期たちは、じわりじわりと俺を引き離していった。俺にはどうしようもなかった。連中と同じようにできないことは、自分で分かっていた。

 付き合って四年目を迎えると、三十年あまりの人生でただひとりだけできた恋人が、そろそろ結婚を考えてほしいと言い始めた。俺は、仕事もそんなザマだったから、彼女の言葉にビビった。「生きてく自信がつくまで待ってくれ」と言う俺を見る彼女の目は冷たかった。彼女が出て行ったのは、それから二ヶ月後のことだった。

 目標もなければ、守るべき者も、守ってくれる者も誰もいやしない。俺はただ足下を見つめ、びくびくと、しょんべんをチビりながらこの一本橋を渡ってゆく。くそくらえ、くそくらえと、胸の中で必死に毒づきながら。なんたって、あと四十年くらいはありそうだ。そうとでもしないと、気が遠くなりそうだ

 消えちまいたいと思ったのは、何かきっかけがあったからじゃない。俺はただ単純に、使い果たしたんだ。意欲や、活力や、そういったものを全部。ただ、死にたかったわけじゃない。昔の自分みたいに活き活きとしていないことや、もうあんなふうには戻れそうにないことが、たまらなく虚しくなっただけだ。そうさ。あの頃は楽しかった。だから、二度とああなれないということは、今後ずっと楽しくなれないっていうことだ。金や学歴や運のあるやつなら話は別だろうが、俺にはそんなものひとつもありはしない。

 俺は、使い果たしちまった。

 またバイクに乗ってみようと思ったのは、俺が思い出す楽しい記憶の中には、いつだってバイクがあったからだ。昔っから友人もいなかったし、勉強もできなかったし、モテたこともなかったし、何かが上手く行ったこともない。ただ、バイクに乗っているときだけは、俺は自由だった。心底楽しかった。今でも、左にゆっくりとカーブする海岸沿いの道を走っているときに、岩肌の向こうから姿を現した親不知の風景は脳裏に焼き付いている。あんなに美しい景色など、二度と見られないんじゃないかと俺は思った。その景色が生きる理由なんだと、わずかな瞬間ではあるが、俺は確信した。

 景色とともに遠くに蘇ってきたその感覚に、俺はいても立ってもいられなくなった。俺が教習所の門を叩いたのは、翌日のことだった。むろん本当に叩いたのではなく、教習所の入り口は自動ドアなのだが。

「教習を受けたいんですが」俺は、どことなくサドっ気がありそうな若い女の職員に話しかけた。

「入校をご希望でよろしいですか?」サド子が訊ねてきた。

「はい」俺は答えた。「大型二輪を」

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