- 田内 志文
- 2010-07-07 (水)
- 小説
2、
「じゃあ補習の予約ちゃんとしてね」青いズボンに白シャツ姿の検定員は、無表情のまま俺のライディングにひととおりケチをつけ終わると、まだ立ち直れずにいる俺に冷たく言った。
次の検定は二日後の土曜日。遅くとも明日の午前中までに補習を済ませておかなければ、検定は受けられない。今日乗るか。それとも明日乗るか。だめだ。今日はもう何もやる気がしない。それに、一日空けて検定を迎えるよりも、前日に少しでも乗っておいたほうがいいだろう。なにせ今の俺はバイクを持っていないから、外での練習ができない。俺は翌日の朝っぱらから予約を入れることにした。どうせなら、すこしでも検定に近い時間のほうがいい。
自宅に戻ってドアをしめると、慣れ親しんだ部屋の匂いが、俺を慣れ親しんだ日常へと引き戻してくれた。俺はその感触に、深いため息をつく。大丈夫だ。大丈夫だ。橋から落ちたのくらい、なんてことはない。たかだか一回、卒検でスベっただけの話じゃないか。よくある話さ。本当によくある、どこにでもありふれた話さ。
俺はとりあえずひと眠りすることにした。柄にもなく早起きだった上に、一時間しか寝ていない。よほど神経が張り詰めていたのだろう。眠くてたまらない。猫が人の三倍眠るのは、人の三倍神経を使うからなのだそうだ。窓のシャッターを下ろし、電気を消し、真夜中みたいな部屋でベッドに潜り込む。目を閉じると、検定のコースが勝手に目の前に現れる。
土曜日か、次は……。
今日はAコースだったから、土曜はBコースだろうか。
発進、あそこで左折、左折したらすぐに左ウインカー、見通しの悪い交差点の手前で中央に寄せ交差点を徐行、踏切……左折……左折……右折……クランク……ぐるっと回ってふくらまないように気をつけながらS字……一時停止をしたら左折……坂道……下りではクラッチには指をかけずに降りて、降りきったら……。
一本橋……。
なんであんなミスを……。
俺は布団の中で、何度も何度も寝返りを打った。汗をかいたままの頭がかゆい。なんでミスをしたかなんて、そんなもんは分かりきっている。俺が下手糞だからだ。そして、俺が自分の主導権を取ることにすらビビり続けているチキン野郎だからだ。
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