- 田内 志文
- 2010-07-07 (水)
- 小説
14、
結局、俺は受かっていた。落ちたのはひとりだけ。AT限定の若いのが一本橋で脱輪した。受験生の中、唯一スウェット姿だったいかにもな感じの彼は、ふてくされた顔をして帰っていった。
免許センターでの手続きについての説明を受けてから教習所の建物を出ると、ヒロミツが缶コーヒーを買っているのに出くわした。
「おつかれ。おめでとうな」ヒロミツがそう言って、ニヤリと笑った。
「おつかれさまです」俺も声をかけた。
「一本橋、落ちなかったな」ヒロミツは笑うと、ぐびりと音を立てて缶コーヒーを飲んだ。
「普段どおりやればこんなもんですよ」俺は強がってみせた。合格さえしちまえば、もうこっちのものだ。
「いい気になんなよ」ヒロミツがおどけたように言った。「俺なんて十分は乗ってるぜ」
「だって教官でしょう。そのくらいできて当たり前じゃないですか」
ヒロミツは「まあな」と答えて豪快に笑うと「まああれだ。バイク買っても気をつけて乗れよ」と言って、俺の背中を引っぱたいた。
「いてえ!」俺が思わず声を上げると、ヒロミツは「じゃあな」と言い残して、さっさと建物に入って行った。
帰りのバスに乗り込み、ヒロミツに叩かれた痛みが寄りかかったシートと背中の間に消えてゆくのを感じながら、俺はもう一度、コース全体を眺めた。さようなら、教習所。さようなら、ガキの頃の俺。
日は高く、梅雨時だというのに空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。運転手が乗り込んできて、バスの車体が小さく揺れた。ドアが閉まり、バスが発進する。角を曲がりコースがすっかり見えなくなるまで、俺はずっと窓の外を見つめ続けていた。
バスは幹線道路に出ると、いつもの停留所へと向かってゆく。
目の前にはまっすぐに伸びてゆく道がある。
- Next: つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その三
- Prev: 暁の獣と夜明けのヴァイオリン