一本橋ララバイ

  • 田内 志文
  • 2010-07-07 (水)
  • 小説

10、

 回転数を上げておそるおそるクラッチを握る手の力を緩めると、バイクがゆるゆると前進を始めた。ふと気づくと、すぐ前の路面に視線が落ちている。慌てて地平線のほうへと顔を上げる。ヒロミツがこちらを見ている。俺はすこし勢いをつけて橋に前輪を乗り上げると、ふらつかないようにそのままの勢いを保ちながら、後輪も乗せた。

 アクセルを開ける手は緩めない。肩の力だけ、抜けるだけそっと抜く。それでも固いが、もうそれはしかたがない。視線を動かさないように気をつけながら、小刻みにハンドルを振り、右足のリアブレーキと左足のステップをそっと踏む。いいぞ、安定している。バイクがぐらぐらするたびにヒヤリとするが、これはふらついているのとは違う。揺らしているのだ。その差は大きい。ひたすら向こう側に着くことばかりを祈りながら橋を渡ってゆくのと、自らの意志で橋の上を運転してゆくのとでは、気分的にかなりの違いがある。俺は今、橋よりも立場が上なのだ。進んでゆくにつれて、そんな気持ちが強まり、そこはかとなく自信が湧いてきた。

 橋の半ばに差し掛かるころには、俺はもう夢中になっていた。一本橋、こんなに楽しいとは! 待っていろ、ヒロミツ。今日ばかりはお前のことを憎らしくなどは思わない。今この瞬間、お前は友人に近い。「いいじゃんいいじゃん、そんな感じそんな感じ」俺は胸の中でつぶやく。

 と、異変はいきなり起こった。快調に進んでいた俺のバイクが、ぴたりと止まってしまったのだ。俺は焦った。死ぬほど焦った。慌ててヒロミツを見る。ヒロミツは微動だにせずこちらを向いている。バイクのエンジン音も聞こえない。教習所の外を走る幹線道路からはいつも車のエンジン音が鳴り止むことなく聞こえているはずなのに、それも聞こえない。何もかもが死んだように動きを止め、ただ俺だけが馬鹿みたいにキョロキョロしている。

 俺がようやくその異変にすこし慣れ、いったい何が起こったのかと考え始めると、今度は出し抜けに世界中が真っ暗闇に包まれた。思わず悲鳴を挙げずにはいられなかった。いくら俺がノミの心臓だとはいえ、こんな幻を見るほどパニクったことは無い。救いを求めるように視線をさまよわせていると、目の前の一点に、ぱっとスポットライトのように明かりが丸く灯り、地面を照らし出した。

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