- 田内 志文
- 2010-05-24 (月)
- 小説
4、
その翌日も、マヤは同じくらいの時間に目を覚ましました。もしかしたら今日もヴァイオリンが聞こえるかもしません。ドキドキしながら待っていると、やがて本当に、ヴァイオリンの音が小さく聞こえてきました。でも、なにしろ窓ごしですから、どちらの方向から聞こえてくるのかも、どんな曲を弾いているのかも、よく分かりません。マヤはそっと窓辺に近づくと、前の夜と同じように、そっとカーテンを開けました。音を立てずに窓を開けられるよう、寝る前に鍵は開けてあります。
取っ手に指先をふれると、ひんやりとした鉄の感触が伝わってきました。あたりが暗いせいか、いつもより冷たく感じます。マヤは息を止めながら取っ手に手をかけると、外側に向けて窓を押しました。ちょうつがいがきしむ音がしたので、あわてて手を止めます。いつもなら気にならないような音でも、もしかしたら家じゅうの人が起きてしまうのではないかと思うほど大きく感じたのです。
しばらくそのまま待って何も起きないのを確かめると、マヤはほっと小さなため息をもらしてから、また窓を押しました。窓枠と窓枠との間に細く隙間ができると、冷たい夜の空気と一緒になって、さっきよりもはっきりとヴァイオリンの音が部屋に入ってきました。どうやら、教会のほうから聞こえてきているようです。
そちらに目を向けて、マヤは思わずぎくりとせずにはいられませんでした。教会の塔のてっぺんにかかるようにして白い月が浮かんでおり、その月の中にまっ黒い大きな影が見えていたのです。悲しげなヴァイオリンの音色に合わせて、影が揺れているように見えます。ヴァイオリンを弾いているのは、あの影なのでしょうか。マヤはなんだか恐ろしくなってきました。はっきりと見えるわけではありませんが、人間にしてはあまりに大きすぎます。マヤは、雷に打たれたように、ただじっと、月の中の影を見つめていました。
東の空がだんだん明るくなってきて、レントンの街にも朝日がわずかに届いてくると、塔の先の影はヴァイオリンを弾くのをやめました。影が、東の空を振り返ります。そのとき、マヤは見たのです。まだ冷たいままの朝日に照らされたその顔を。ぎらりと光る二本の大きな牙。毛むくじゃらの顔。頭からはえた太い角……。
マヤは思わず叫びそうになるのをぐっとこらえると、慌てて窓を閉め、カーテンを引きました。そっとベッドに戻り、あの怪物はいったい何だったのだろうと考えてみても、答は出そうにありませんでした。
もしかしたら、なにか見間違いをしたのかもしれない。そう思っておそるおそるもう一度ベッドを抜け出してカーテンの隙間から外を見てみたのですが、塔の上にはもう何も見えなくなってしまっていました。やがてすっかり朝になり、街のあちこちが目を覚ます音が聞こえはじめました。
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