- 田内 志文
- 2010-05-24 (月)
- 小説
3、
教会からそう遠くない家の二階では、十歳になるマヤという名前の女の子が窓際に置かれた椅子に座り、身を乗り出すようにしていました。白いワンピースのパジャマを着ており、長い黒髪を眉毛のあたりできれいに切りそろえています。今夜は、もしかしたら特別な夜になるかもしれません。マヤは胸をどきどきさせながら、汗をかいた手のひらをパジャマにこすりつけると、膝に置いた双眼鏡をぎゅっと握りしめました。
マヤはひどく痩せています。顔色も悪く、頬はすこしくぼんでいます。もうずっと、彼女は学校に行っていません。去年の夏に病気にかかり、それからというもの、週に一度病院に行くときをのぞいては、ずっと家から出られないのです。することといえば本を読んだりすることくらいのもの。本は大好きなのですが、さすがにずっとそればかりだと飽きてきてしまいます。それに、家にある本はだいたい読んでしまいました。だから最近では、お気に入りのおとぎ話をたまに読み返すくらいのもので、本もあんまり読みません。本当に、退屈で退屈でたまりませんでした。
ところが一ヶ月ほど前に、ちょっと不思議なことが起こったのです。ちょうど今くらいの時間、目が覚めたままあっちこっちに寝返りをうっていた彼女の耳に、かすかなヴァイオリンの音色が聞こえたような気がしたのです。マヤは、はっとして体を起こしました。もしかしたら気のせいかもしれないと思い、暗い部屋の中でじっと耳をすまします。しかし、気のせいではありません。確かにヴァイオリンの音が、木の枝をびゅうびゅうと鳴らす風の向こうから、とぎれとぎれではありますが聞こえてくるのです。
「こんな時間にヴァイオリンを弾くなんて、おかしな人がいるものだわ」彼女は胸の中でそう言うと、音の正体をさぐろうと思ってベッドを抜け出し窓に忍び寄りました。カーテンを細く開けて、窓の外を覗きます。ですがあいにくの曇り空のせいで月も出ておらず、何も見えません。がっかりしているうちに、やがてヴァイオリンの音色がやむと、すぐ朝になってしまったのでした。明るくなってから外を見回してみても、もうヴァイオリン弾きの姿が見えるわけはありません。すこし遠くに教会の塔が見えているだけです。
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