- 田内 志文
- 2010-05-24 (月)
- 小説
2、
その日も暁の獣は、いつものように胸の中で毒づきながら飛んでいました。面倒くさくて面倒くさくて、本当はこんなことしたくありません。ですが、こうしないことには仕方がないのです。暁の獣はその名前のとおり、夜と朝の間にしか生きられないからです。
特に、太陽の光は苦手です。明るいところに出ると、肌が焦げて燃えてしまいそうな痛みに襲われてしまうのです。夜の闇も好きではありませんが、それに比べたらマシでした。ただ獣にとって夜はすこしだけ寒すぎて、あんまり長いこと留まっていられないのでした。だからそうやって朝を呼び寄せては、すっかり朝になってしまう前にその場から逃げ出さなくてはいけません。そうして、まだ夜に包まれた暗い街まで飛んでくると、また夜明けのヴァイオリンを取り出して弾き、朝を呼び寄せます。暁の獣は、もうずっと長い間そうやって飛び回っているのでした。
ときどき、ひとりぼっちで逃げ回らなくてはいけないのが、ほとほと嫌になってしまいそうなこともあります。そんな時には胸の中にぽつりと、自分も明るい太陽の下で暮らせたらと、なんともいえず悲しい気持ちになってしまうのです。もし夜明けのころにどこかでオオカミの遠吠えのような長い鳴き声が聞こえたら、それはもしかしたら、暁の獣が悲しくて鳴いている声かもしれません。
「まったく、いったいなんで俺だけがこんな目に遭わなくちゃならんのだ」暁の獣は白く染まり始めた地平線を振り返りながら、口に出してつぶやきました。明るくなった街では、きっと人々がさわやかな朝を迎え、楽しい一日が始まっていることでしょう。そう思うと決まって、なんだか自分のやっていることが馬鹿馬鹿しくてたまらないような気持ちになってきます。自分でも思い出せないほど昔からそうして暮らしている暁の獣も、ひとりぼっちでいるのが平気なわけではなくて、やっぱりたまには寂しくなるのです。
獣の飛んでゆく先に、レントンの街が見えてきました。赤い屋根をしたレンガづくりの可愛らしい家が建ち並んでいて、街のまん中には教会の塔がそびえている、小さな街です。街のまわりには、夜よりも暗い森が広がっています。暁の獣は教会の塔のてっぺんにある十字架めがけて降りていきました。まだ夜明け前ですから街も眠っており、まっ暗です。獣は十字架に降り立つと空に浮かんだ月を見上げ、大きくひとつため息をついてからヴァイオリンを取り出しました。
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