- 田内 志文
- 2010-05-24 (月)
- 小説
13、
翌日も、その翌日も、カーテンは閉じたままでした。暁の獣は「こいつはさすがにおかしいぞ」と思うと、思い切ってマヤの窓へと行ってみました。コツコツと、大きな爪の先で窓を叩きます。マヤにもその音は聞こえました。彼女はケモノさんが来てくれたのだと思うと、ベッドに両手をつき、必死に体を起こしました。なんとかベッドから床に足を降ろすと、本棚に掴まるようにして立ち上がり、窓へと向かいます。もう、椅子を持って行く力もありません。
マヤは壁に掴まったままふるえる右手を差し出すと窓の鍵を開け、ぐっと力を込めて窓枠を押しました。開いた窓の外には、暁の獣の瞳がありました。すっかり弱り果てたマヤの姿を見ると、その瞳の奥に寂しげな青い炎が静かに灯りました。
「大丈夫なのか?」獣がおそるおそる訊ねます。マヤは、ただ黙って首を縦に振り、力いっぱいの笑顔を作ってみせました。
大丈夫なんかじゃないのは、獣にもひと目で分かります。獣は、どうしようもなく悲しい気持ちになり、涙がこぼれそうになるのを我慢するので精一杯でした。自分と似ていると思っていたマヤが、自分とはまったく違ったところへ行こうとしているその姿。もうそれがすぐそこに迫っているのかもしれないと思うと、いきなり頭の上に大きな石を載せられでもしたかのように、一気に体がずしんと重く感じるのでした。
「今日は、ちょっと楽しいことをしよう」獣は、彼女の変化に気づかないような振りをしながら言いました。「空に連れて行ってやる」
「空に……?」マヤは首をひねりました。「空って、飛ぶの?」
「ああ、そうだ」獣が牙を剥き出して、にっと笑います。「ほら、おいで」
暁の獣はそう言うと窓枠から顔をはなし、窮屈そうに窓から指を二本入れてマヤの体をそっとつまみ上げると、自分の左肩に乗せました。
「落ちちまっちゃあ大変だから、俺の角にちゃんと掴まってるんだぞ」
マヤが言われたとおりに角に掴まると、獣は大きな手のひらで彼女の体をそっと包むように支え、ゆっくりと夜空へと舞い上がりました。
「大丈夫か?」獣がすこしだけ彼女のほうを向いて訊ねます。
「うん、大丈夫」マヤがこくりとうなずきました。「すごい! 飛んでるわ! もう教会も見えない!」
「俺は、暁の獣だからな」獣は、得意そうにぐっと胸を張りました。「さあ、今から俺たちは光になるぞ。支えててやるから、しっかりと耳をふさぐんだ。ちょっとばかりうるさいぞ」
マヤが訳も分からず言われたとおりにすると、暁の獣はマヤの体を大きな手のひらでくるみ、がばっと口を開きました。
「ウオオオオオオオオオオオ!」東の空に向けて、獣が大声で吠えました。耳をふさいでいても、体がばらばらになりそうな大声です。それでも獣は吠え続けます。
「ウオオオオオオオオオオオ!」獣は何度も何度も吠えました。するとどうでしょう。夜明けの訪れていた東の地平線から光が空に吸い上げられて、大きな球になったではありませんか。
「ウオオオオオオオオオオオ!」暁の獣は光の球に向けて吠えました。光の球はぱっと弾けると、数え切れないほどの光のつぶになり、獣とマヤめがけて飛んできました。びっくりして耳をふさぐのも忘れ口を開けてきょろきょろしているマヤと、吠え続ける暁の獣の体に、光のつぶはどんどん吸い込まれて行きます。獣は、体がチリチリと焼けるような痛みに襲われ苦しくてたまりませんでしたが、それでもどんどん光を呼び集めました。そして、すっかり呼び集めてしまうと、まぶしそうに目を細めてマヤの顔を見つめ「世界じゅうが夜になっちまったぞ」と、さもおかしそうに大声で笑いました
マヤもそれにつられて笑いだしました。体の中に満ちあふれた光で、どんどん力が湧きだしてくるようです。不思議なことに、すっかり痩せこけた頬にはふっくらとした肉がつき、赤々と血の気がさしています。みなぎるようなその力を感じたマヤが獣の真似をして「ウオオオオオオオオオオオ!」と叫ぶと、獣は「上出来だ!」とおかしそうに大笑いをしながら飛び立ちました。
「さあ、世界をひとっとびしてこよう!」ぐんぐんとスピードを上げ、獣は夜空を駆け抜けて行きます。ふたりの飛んだ後にはまばゆいばかりの光が尾を引き、まるで花火のようにキラキラと舞い散りながら、またたき続けているのでした。
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