- 田内 志文
- 2010-05-24 (月)
- 小説
10、
それからというもの、ヴァイオリンを弾く前にすこしだけ話をするのは、ふたりの決めごとのようになりました。一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、春はもうすぐそこです。暁の獣も、レントンの街に飛んでゆくときだけはすこし気分が違います。以前のように面倒くさそうに飛ぶのではなく、それどころかスピードを上げて、しっぽをピンと立てて飛んでゆくのです。
「俺たちは、きっと似てるんだ」獣は、ときどきそんなことを考えます。決まった場所から出ることができず、外の世界を自由に楽しむこともできず、そこで楽しそうに過ごしている人々の姿を思うときに感じるひとりぼっちの寂しさ。その気持ちは、暁の獣にも痛いほど分かります。
そして、自分がマヤの気持ちがすこし分かるのだと思うと、きっとマヤも自分の気持ちをすこし分かってくれているのだと思い、獣はとても幸せな気持ちになるのでした。たったひとりですが、自分のヴァイオリンを楽しみに待っていてくれる人がいるというのは、なんとすばらしいことでしょう。
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