- 田内 志文
- 2010-04-14 (水)
- 小説
8、
翌朝、目を覚ますと体の節々がひどく痛くなっていた。固い木の幹の上に直接寝たようなものなのだから、無理もなかった。ネイル・ハートはまずはその問題を解決してしまおうと思い、枯葉や枯れ草を集めはじめた。両腕に抱えられるだけ集めてはそれを木の上へと運び、ビニールシートの下に敷き詰めた。次に、木のつるを何本か切ってきて、自分のベッドがすっかり隠れてしまうように、枝を結びつけてすっかりかこってしまった。
辺りを歩き回ってみると、彼が見つけた場所は、隠れ家としては本当に最適であるように思えた。ちょうどいい広さに開けていて、おいしそうな実をならした果樹が何本か立っていた。彼はそのうちのひとつをもぎ取ると、恐る恐る口に入れてみた。酸っぱいような甘いような味が、彼は一口で気に入った。
地面に転がっている古い木の上に腰かけてぼんやりと空を見上げていると、本当に気持ちがよかった。誰に見とがめられることもなければ、誰かに話しかける必要もない。人から変な目で見られることもなく、相手の返事を待ちながらびくつくこともなく、相手が本当は自分をどう思っているのかに怯え震えることもなかった。彼は、町で過ごしたたった六年間で、すっかり人のことが苦手になってしまっていた。こうして誰もいない青空の下で好きなように過ごしていると、それが本当によく分かった。
とはいえ、寂しくないわけではなかった。ときどき、フクロウの声を聞きながら寝床で丸くなっているときに、胸の奥がどうしようもなく締め付けられるように淋しくなった。
「町にいるときも、どうせひとりで寝ていたのに。なんで今はあのときよりも淋しいんだろう……」ネイル・ハートは、胸の前で手を組みながら考えてみた。
考えていると、両親や、クラスメイトたちや、カナリヤのことが思い出されてしかたなかった。ママタリ公園でカナリヤと会ったとき、左側の二の腕がほんのりと温かく感じられことを思い出した。そうするとあのときと同じように心臓が大きく脈打った。地面に転がっていたカナリヤの死体。その目。彼が走り去ったあとも、あそこで転がっていたにちがいない、オレンジのTシャツを着た彼女の死体。それを思うと胸がひどく痛んで、ネイル・ハートは狭い寝床の上で幹や自分の体を掻きむしった。たぶん、そばに誰もいないのが寂しいのではなく、誰かを失ったことや、誰かが赦してくれないことが寂しいのかもしれない。木に鼻をくっつけて匂いを嗅ぎながら、ネイル・ハートは胸の中で言った。
どうすればいいのか、彼にはもう分からなかった。ただ、これ以上つらい思いをしたくはなかったから、町には絶対に戻らないようにしようと思っただけだった。今の気持ちのままなら、なんとか生きていける。でも、それ以上となると、考えたくもなかった。
ときどき、彼はこっそりと森を出ると、町とは森を挟んで反対側のほうにある海岸へと散歩に出かけた。砂浜に腰かけて沖を眺めていれば、どれだけ時間が経っても気にならなかったし、波の音はほどよく静かで、たまにすこしうるさいときでも、気にさわるようなうるささではなかった。ネイル・ハートは波の音に合わせるように、学校で教わった歌を口ずさんだ。
大きい男が言うことにゃ
世界はあまりに狭すぎて
どこへゆく気もしやしない
どこへゆく気もしやしない
小さい男が言うことにゃ
世界はあまりに広すぎて
どこへゆく気もしやしない
どこへゆく気もしなしない
三拍子のその歌は、波の音に合わせるとすこしゆっくりになったが、そのくらいが、ネイル・ハートにはちょうどよく感じられた。唄っているネイル・ハートの周りには、動物たちがこっそり集まってきた。みんな物陰から、彼に見つからないように息をひそめ、楽しそうに唄う彼のことを見守りながら、体を揺らした。
唄いながらネイル・ハートは、自分はいったいどっちなのだろうと考えた。どっちでもないような気もしたが、それでは、中くらいの男はどうするのだろう。いや、釘の刺さった男がいたら、彼はいったいどうするのだろう。彼にはやはり、どうしても分からなかった。
風のある日、波がいつもより早く寄せるようになると、歌のテンポも自然と上がった。そういうときにはいくらか明るい気分になって、大きい男も小さい男も、もしかしたらどこかへ行くことができるのではないかという気になった。彼は海岸沿いを歩きながら、きれいな色の貝殻を集めたり、おいしい海草が打ち上げられる秘密の場所まで足を伸ばしてみたりした。そして、物陰で用を足すとお尻を洗うために服を脱いで海に入り、泳ぎながら歌を繰り返し唄った。そして、すっかりくたくたに疲れ果てて砂浜に腰を降ろすと、水平線に沈んでゆく夕陽が海面に映りながらすこしずつ小さくなってゆくのを眺めながら過ごした。
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