ネイル・ハート

  • 田内 志文
  • 2010-04-14 (水)
  • 小説

6、

 夜のママタリ公園は、昼間とはまったくちがって見えた。ベンチは冷たく冷えていて、ほとんどまっ暗だった。昼間は濃い緑に見えた芝生や遠くの木々はクレヨンで塗りつぶしたようにまっ黒く見えて、じっと見ていると、近くにあるのか遠くにあるのかも分からなくなってしまいそうだった。ネイル・ハートは大げさにまばたきをすると、隣においたバックパックを触って確かめた。見上げれば、空にはちらちらと、数え切れないほどの星がまたたいている。まるで、夜の支配者になったような気持ちで、気持ちよかった。いつも通っているはずの通学路なのに、まるで、ぜんぜんちがう町のちがう道を見ているかのような気分だった。

 しばらく待っていると、急ぎ足の足音が近づいてくるのが聞こえた。ネイル・ハートは息を殺して、足音のするほうへと目をこらした。月明かりにぼんやりと照らされながら、黒い影がネイル・ハートのほうに向かってくる。そして、ベンチの近くまでくると急ぎ足をやめた。

「ネイル・ハート君?」カナリヤの声がした。「いるの?」

「ここだよ」ネイル・ハートは、囁くように言った。

 その声に、安堵したようなため息を、カナリヤがついた。彼女は近寄ってくると、昼間と同じように、ネイル・ハートの隣に座った。

「やっぱ昼間より寒いね」カナリヤはぎゅっと脇をしめて両手を組むと、そこに唇をくっつけるようにした。

「大丈夫?」ネイル・ハートはそっと言った。「こんな時間に、ごめんね」

「ううん、いいよ。大丈夫。ありがとう」カナリヤは言うと、わずかにネイル・ハートの肩に寄りかかるようにした。ネイル・ハートは、それが偶然なのかわざとなのか分からずどぎまぎしたが、きっとわざとじゃないはずだと思うことにした。それを確かめようと、そっと首を動かして彼女のほうを見ると、彼女もネイル・ハートのほうを見つめていた。目が合い、カナリヤが、今度は明らかにわざと、体を寄せてきた。「それ、痛くないの?」という昼間の彼女の声が、ネイル・ハートの頭の中に蘇ってきて、彼はなんだか恐ろしいような気持ちになった。

「ねえ」カナリヤが、吐息で言う。「なんで呼び出してくれたの?」

 ネイル・ハートは答えなかった。答えようもなかった。まだ準備もしないうちに号砲をならされた短距離選手のような気持ちだった。彼は黙り込み、じっとこちらを向いているカナリヤの目を覗き込んだまま、身動きがとれなくなった。どこからか、虫の鳴く声が聞こえていて、それだけが、時間の流れている印だった。ネイル・ハートの体が緊張のあまり震えると、カナリヤが目を閉じて、顔を寄せてきた。彼はもう、半ばパニックのような状態だった。彼女のことは好きだった、彼のことを理解してくれるかどうか分かる前に、いきなりこんなことになるだなんて。

「分かって欲しい」という気持ちだけが暴走しはじめ、ネイル・ハートはどんどん不安になっていった。彼はバックパックから中身を引っぱり出すと、彼女に正面から向かい合った。そして、カナリヤの額に、釘を一本打ち付けた。カナリヤの体がベンチの上から崩れ落ち、柔らかい芝生の上に、静かな音を立てて落ちた。息を弾ませながらネイル・ハートは、目だけを動かして彼女のほうを見た。彼女はぴくりとも動かないまま、ぐにゃりと体を不自然に曲げて、夜の底に横たわっていた。

 遠くから虫の鳴く声が聞こえている。ネイル・ハートはバックパックを背負うと、一目散に家を目指して走り出した。

「痛くないって知って欲しいだけだったのに」

 胸の中で彼は何度もそう叫んだ。叫べば叫ぶほど、涙があふれて止まらなくなった。

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