- 田内 志文
- 2010-04-14 (水)
- 小説
3、
六歳になったネイル・ハートは、ついに学校に行かされることになった。いかんせん義務教育制度に逆らうわけにもいかず、両親は悩みに悩んだ末、小学校への入学手続きを済ませた。はたして、六年間も額の釘を隠しとおせるものだろうか。考えれば考えるほど無理な相談に思えたが、とにかくやるしかない。アイーダは、「どうせならば、せめてかわいい帽子を。先生だって脱がせたくなくなるような帽子を」と、息子のために、ふわふわしたぼんぼんのついた、青い帽子を編んだ。
一方、ネイル・ハートはといえば、そんな両親たちの不安をよそに、嬉々として初めての通学路を歩みだした。「行ってきます!」と手を振り、振り向きもせずに家の前の道路を遠ざかってゆくネイル・ハートの軽やかな足取りが遠ざかるにつれて、両親たちの気持ちは、どんどん重くなった。
やがて、ネイル・ハートの姿がすっかり見えなくなるとふたりは家に戻り、アイーダは朝食の食器を片づけはじめ、ルーパスは夜勤に備えてベッドへともぐりこんだ。
そのころネイル・ハートは、初めて合流した他の新入生たちに、帽子についたぼんぼんを「女の帽子だ!」と馬鹿にされ、帽子をひったくられているところだった。
「おい、こいつ、釘刺さってるぞ!」帽子を取り上げた男の子が大声で叫ぶ。
その声に、近くを歩いていた小学生たちが、わんさと集まってくる。みんなでネイル・ハートを取り巻き、「釘だ、釘だ」と騒ぎ立てる。
「お前、なんて名前だよ? なんで釘が刺さってるんだ?」他の男の子が、からかうように言う。
「生まれたときからずっと」と、半泣きのネイル・ハートが答える。「名前はネイル……、ネイル・ハート……」
「おい、名前も釘(ネイル)かよ! こいつは傑作だ!」誰かがそう叫ぶのが聞こえ、続いてあたりは大爆笑の渦に包まれる。
「帽子を返してよ、返してよ!」ネイル・ハートは泣きじゃくりながら帽子を追いかけるが、青いぼんぼんは次から次へと小学生たちの手を渡り、ついには、どこに行ってしまったのか分からなくなった。
「お前、痛くないのかよ?」まだ笑いの収まらない小学生のひとりが、ネイル・ハートの釘を指先でおそるおそるつつく。「うわ、ほんとに刺さってるよ。絶対痛いよ、これ!」
だが、ネイル・ハートは痛くない。生まれたときから、その痛みとともに生まれてきた彼には、それが痛いとは思えない。
「痛くないよ……」ネイル・ハートは答えた。
「嘘つけ。釘が刺さってるのに、なんで痛くないんだよ!」さきほどの小学生が触ったのを見て安心したのか、他の小学生たちも、我先にと釘を触りにくる。
「だって、痛くないんだよ!」ネイル・ハートは大声で泣き出した。
小学生たちは、泣き出したネイル・ハートを見て驚き、口々に責任をなすりつけ合いながら、三々五々、その場を離れていった。あとに残されたのは、ネイル・ハートと、踏みつけられてすっかりボロボロになった、青いぼんぼんの帽子だけだった。ネイル・ハートは泣きながら帽子を拾い上げるとかぶり直し、とぼとぼと通学路を歩き出す。靴が土を踏む音が、乾いた空気にざくざくと響いた。
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