- 田内 志文
- 2010-04-14 (水)
- 小説
11、
「いったい、今までどこにいたんだ」ルーパスが、所在なさげにうつむいているネイル・ハートに優しい声で言った。「怒らないから、話してくれないか?」
アイーダは、何度も息子がそこにいるのを確かめるように目をこらしながらキッチンに行くと、淹れたばかりの温かいお茶を持ってきてくれた。かつてネイル・ハートのものだったカップはぴかぴかに磨かれていて、それを見ているだけで、ネイル・ハートは涙がまたあふれ出してしまいそうだった。やはりふたりとも、彼のことをずっと心配してくれていたのだ。ネイル・ハートは鼻をすすると、お茶を一口すすった。久しぶりの、アップル・ティの味。それまで果物や海草しか食べていなかったせいもあり、その甘い味が体の隅々まで広がっていくのが、目に見えるようにはっきりと感じられた。考えてみれば、温かいものを口に入れたのは、町を出てからこれが初めてだった。
アップル・ティのおかげか、張りつめていた神経がゆっくりと解けはじめた。ネイル・ハートは、すこしずつ確かめるように町を出た日のことから話し出すと、森での生活についてや、アリスと出会ったことなどを話していった。話が進むにつれて、言葉がどんどん口をついて出てきた。ときどき涙が込み上げてしまい、そのたびにティッシュで目元を拭わなければならなかった。ルーパスは、ただじっと息子の顔を見ながらそれを聞いていた。アイーダは息子につられて目に涙を浮かべながら、彼の手をぎゅっと握りしめながら、話を聞いていた。ようやく最後まで話し終え、ネイル・ハートはふたりの顔を上目遣いに眺めた。
「どうして、父さんと母さんにも釘が刺さってるの……?」彼はおずおずとした様子でそう訊ねた。
「あれから、お前のことをさんざん探し回ったんだよ」と、ルーパスは話しはじめた。「だけど、どこを探しても見つからなかったし、誰も、お前のことを見かけた人もいなかったんだ」
ルーパスは、当時のことを思い出しながら、悲しそうにうつむき、首を横に振った。
「そしてある日」アイーダが、その先を続けた。「わたしたち、探すのをやめてしまったのよ」
ふたりは、ネイル・ハートの行き先を探しながら、日に日に苛立ちを募らせていった。見つからないことへの苛立ちもあったが、なによりも、息子に出て行かせてしまった自分たちのことを、心の底から情けなく思ったのだった。どうしていいのか分からなかったふたりは互いのことを責め合い、喧嘩を繰り返し、ようやくふたりそろって「自分たちが悪かったのだ。本当は、自分たちしか息子を守ることはできなかったはずなのに」とため息をつきながら納得すると、身を寄せ合って眠りについた。その翌日に目が覚めてみると、額に釘が刺さっていたのだと、アイーダは説明した。
ルーパスは、悲しそうな顔をしているネイル・ハートの横にきてひざまずくと、息子の体を強く抱きしめた。アイーダも、そのふたりの横にきて、きつく抱きしめると、ネイル・ハートの頬に何度もキスをした。
「もう、ぜったいにお前に悲しい思いなんてさせるものか」ルーパスは涙にむせびながら、何度もそう繰り返した。
その夜、三人はルーパスの道具箱からかなづちを持ち出した。そしてルーパスがネイル・ハートの釘を、ネイル・ハートがアイーダの釘を、アイーダがルーパスの釘を、さらに深く、額と平らになるまで打ち込み、上から大きな絆創膏を貼り付けて見えなくした。打ち込むのは痛かったし、頭蓋骨がひどく震えて不安になりもしたが、家族全員、みな同じ思いをしているのだと思うと、妙な嬉しさが込み上げてきて、自然と笑顔がこぼれてきた。
額に絆創膏を貼り付けた三人は並んで鏡の前に立つとひとしきり笑い、それからみんな一緒にベッドに入った。だんだんと眠りの中に引き込まれていきながら、三人とも、初めて自分たちが本当の家族になったような、不思議な気持ちを感じていた。
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