エメルージュの飛行船

  • 田内 志文
  • 2010-03-03 (水)
  • 小説

1、

 このエメルージュの町には年に一回、巨大な飛行船がやってくる。飛行船は、黄土色をしたその巨体を誇るかのように、ゆっくりと、威厳を漂わせながら、町の上を横切ってゆく。来るのはいつも決まって初夏のころのことだ。

 春の終わりを告げる雨期が終わると、近隣の森や雑木林では、草の一本一本にまでたくましい力がみなぎり、触ったら指が切れてしまいそうなほど、葉の輪郭がするどく引き締まる。空気は、春先の柔らかく優しい空気ではなく、浮気がちな芸術家の女のように情熱的で、まっすぐで、どこか素っ気なくなる。力強い太陽が、せいぜい数十軒の家々の屋根を照らし出すと、屋根はまるでエサを運んできた親鳥に向けて口を開けながら騒ぎ立てる雛鳥たちのように、きらきらとその光を反射させる。そして、飛行船はそのすべてを影の中に飲み込むようにしながら、ゆっくりと、ゆっくりと、町の上を通り過ぎ、やがて、北にそびえる、豊かな脚の長い草に覆われた緑の丘の向こうへと、その姿を消してゆくのだ。

 子供たちは誰かが飛行船の姿を海の沖合に見つけると、できるだけ近くで見ようとして、我先にと北の丘のてっぺんへと駆け登ってゆく。そして、轟音を響かせながら頭上を通り過ぎてゆく飛行船の巨大な姿に目を奪われ、その影に自分や町がすっぽりと飲み込まれることに、胸の底から興奮するのだ。

 飛行船がいったい何の目的で飛んでいて、いったい誰が乗っているのかは、町の誰ひとりとして知らなかった。胴体にもなにも書かれていなかったし、窓から誰かが顔を覗かせていることもなかった。だから、町の人たちは「どうせどこかの金持ちが、初夏を楽しみに飛ばしてでもいるんだろう」ということにしていた。実際、その説明はつじつまが合ったし、そもそも、本当は誰も真実を知りたいなどとは思っていなかった。ただ自分が納得できれば、それでよかったのだ。だが、かつてひとりだけ、本当に飛行船の真実を知りたがった人がいる。僕の家の隣に住んでいた、エリカという僕と同い年の女の子だ。

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