Articles - 明川哲也
つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その四
- 2010-12-31 (金)
- 小説
坂本さんとマイちゃんが帰った後、案の定、テーブル席で飲んでいた外野陣からぼやきとも非難ともつかぬ声があがった。
「あんなに残していきやがって。何考えてんだか」
「頼まなければいいんだ。食えないなら」
「稼ぎがあるからいいんだよ。俺らとは違うんだ」
「そうか? そういう問題じゃないだろう」
つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その三
- 2010-09-09 (木)
- 小説
坂本さんに出したイナゴの佃煮を自分でも齧ってみたせいだろうか。あるいはそれを食べていたと日本語の呼び名を口にしたせいだろうか。注文された料理を作りながら、五郎兵衛はまな板の上に、鍋の底に、蛇口からほとばしる水の向こうに跳躍する無数の黒い影を見ていた。
湧くようにそれは現れる。日没とともにそれは降る。
つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その二
- 2010-05-21 (金)
- 小説
「ゲテモノって・・・そういう言い方はないだろう、マイちゃん」
坂本さんはゲソが挟めそうなぐらい鼻にしわを寄せてみせた。
「だって、食べたことないし」
マイちゃんは下を向き、肩をすぼめている。
「お父さんは酒を飲まなかったのか? イカの塩辛だってワタで作るんだからさ」
つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その一
- 2010-05-07 (金)
- 小説
酔った挙げ句に吐く者がいる。
そうした酔客を初めて見かけた頃、五郎兵衛は自分の目を疑った。
食うだけ食い、飲むだけ飲み、平気でそれを路面にぶちまける。地雷とともに飢餓も蔓延していたカンボジアから来た身には、とうてい考えられないことであった。
エチケット以前の問題だとも思えたし、歴史は繰り返すという意味で感じるところもあった。ローマ帝国が滅亡に向けて峠から転がり始めた時、慢心の果てに貴族がやっていたことを、日本ではビジネスマンがやっていた。
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