- 明川 哲也
- 2010-02-07 (日)
- 小説
「芯」の巻、その二
夕方店を開けるまでに時間があった。どのみち配達では頼めなかった食材・・・香菜やフクロタケを買いに出かけなければならない。それなら先に、ヨウスケのアパートまで足を伸ばしてみよう。とにかく訪ねて顔だけでも見てこようと五郎兵衛は思った。
山手線の高架下を歩きながら、五郎兵衛は再び「芯」について考えていた。
どこの国の年寄りもそうかもしれないが、人というものは老いてくると、相手も同じ意見の持ち主だろうという前提で話しかけるようになる。
「キャベツの芯を持ってきた時にこんなことを言うのはなんだがよ、まったくあの野郎は芯がねえんだ。困ったもんだ。なあ」
喜楽亭の主人は、「ヨウスケも五郎兵衛みていに芯がありゃなあ。そうだろう」と相槌を求めるような言い方をした。五郎兵衛は野菜クズの袋を抱えたまま、「はい」とも「いいえ」とも答えずに突っ立っていた。
「なんたって五郎兵衛は、戦乱のなかを生き抜いてきたんだ。うちの若い奴らとはここが違わあな」
そう言いながら主人はまた指先で自分の胸を叩いた。
ヨウスケが体調を崩し、店を休んでいる理由。それは主人に一喝されたことが始まりなのだという。
「情けねえったらよう、日によって味が違うんだ、あの野郎の作るもんは。辛かったり甘かったり塩っぱかったり、チキンスープひとつまともに作れねえ。目分量ってわけじゃねえんだが、あの野郎はあっちいったりこっちいったり芯がぶれやがるんだよ」
主人が言うには、ヨウスケはなにかと影響を受けやすい人間なのだという。食べ歩きで説得力のある一皿に出会うとそれが頭から離れなくなる。つい最近は隣町のビストロのキャベツの煮込みに入れ込んだようで、隠し味のアンチョビに惚れ切った。挙げ句、主人の目を盗んでなんにでもそれを混ぜるようになった。
「なんだか塩っぱいな、生臭いなと思ったら、スープのなかによう、ちっこいシコイワシのかけらが入っていたんだ。やりやがったなってどやしつけたら、そっちの方がおいしくなるんじゃないかと思いましてなんてぬくぬくとほざきやがって。馬鹿野郎が、俺のレシピを変えるってんなら、てめえで店開いてからにしやがれってな。だいたいお前はぶれるほどの芯もねえんだ。だからずっとふらふらしてきた。これまで長く続いた店がねえだろって。まあ、そうやって叱りつけたわけだ。そうしたらいきなり休みだしやがって、しまいには手紙をよこしやがった。はい、たしかに私には芯がありません。そういう生き方をしてきませんでした。だから何をやっても自信がなく、何をやっても影響を受けやすく、ぶれてばかりなのです。つまり自分がないのです。なんてな」
俺も言い過ぎた部分はあるんだが・・・と、主人はニガウリの煮汁でも飲んだような顔をしてみせた。
「まあ、これ以上休むならあいつはクビだ。芯のないやつは使えねえ。日々味が変わるようならコックには不向きだ。それにしても五郎兵衛・・・」
黙って話を聞いている五郎兵衛に、主人はあらためて顔を向けた。
「お前は立派だな。こっちが話している時は言葉ひとつ挟んでこねえ。聞き役に徹する。そして黙々とうまい皿を作る。故国を離れて、その意気を貫くってのは大したもんだ。その体のなかには、よほどの太い芯が入っているんだろうな」
五郎兵衛は片手を振って「ちがうよ」とつぶやき、いつもの微笑みを主人に向けた。主人はアハハと笑いだし、「五郎兵衛、ところで・・・再婚する気はねえのか?」と、どさくさ紛れの一発を見舞ってきた。
五郎兵衛は芽の出たにんにくをつかむと、主人の前でそれをカンボジア伝統の影絵人形のように操りながら、「ないね」と答えた。主人はまた高笑いし、「じゃあ、よろしくな」と店を出ていった。
芯に関するヨウスケの顛末、そこでの主人の言い分は、五郎兵衛にわかるところもあったし、わからないところもあった。毎日味が変わるようなら、料理人としてたしかにまずいだろう。だが、食べ歩きを重ねることで自らの皿に進歩が現れないなら、それはそれで料理人として終わっているのではないかと思う。その微妙なところを、芯のあるないという白黒ふたつの話で済ませてしまう主人の態度に、五郎兵衛はすくなからずの疑問を抱いた。
ただ、五郎兵衛にははっきりとわかることもあった。わざわざ野菜くずを持ってきた主人の真意だった。「よろしくな」という言葉はきっと、ヨウスケに会いに行って喜楽亭に戻るよう説得して欲しいということであろう。主人は「クビだ」などと割り切ったようなことを言っていたが、厨房が好きでよく働くヨウスケには留まって欲しいに決まっている。
そもそも、怒鳴れたことでそんなにシュンと落ち込んだり、思い詰めた手紙を書いてくるというのはヨウスケが真面目過ぎるからだと五郎兵衛は思った。真面目過ぎるから影響を受けるし、一皿ずつに全力を込めようとして、日々の不安定な気持ちまでもを盛ってしまうのではないか。
芯とはなんだろうと五郎兵衛は重ねて思う。
日本人が大事にしたがる芯の本当の意味は?
頭上の高架を山手線が走る。ゴーッとあたりの空気を震わせ、人々を満載した鉄箱が滑っていく。
山手線が東京都心を一周していることはもちろん五郎兵衛も知っている。カンボジアからやってきた時は、なんというメガロポリスに来てしまったのかと、見るもの聞くものすべてに驚き、感心し、理解しよう受け入れようと務め、時には辟易もした。二十年にもわたる戦乱、特にポル・ポト時代の恐怖政治で、カンボジア国内の鉄道網はすべて破壊された。ところがこの東京には、五分おきに発車し、いつまでも乗っていられる周回電車がある。
東京に芯があるとするなら、それは山手線の内側の土地みたいなものなのだろうかと五郎兵衛は考える。皇居があるし、地図の上でもそのエリアが東京の中心地であることは間違いなさそうだ。山手線の内側に住んでいるというだけで、なんだかその人にはお金がありそうな気もする。
でも、もちろん東京は、山手線の内側だけでできているわけではない。そのことも当然五郎兵衛にはわかる。吉祥寺だって自由ヶ丘だって、高円寺だって下北沢だって、若い人たちに人気のある街は全部山手線の外側だ。新宿の高層ビルのてっぺんから見渡したことがあるが、東京は途方もなく大きかった。五郎兵衛は遠くにかすむ富士山を眺めながら、その麓までビルが立ち並んでいるのではないかと思ったぐらいだ。
そのすべての、莫大な、あふれかえった、たががはずれたような大都市があるからこそ、山手線の内側という位置付けが誕生するのではないか? それともやはり、山手線の内側が賑わっているからこそ、東京という巨大な街が存在し得るのだろうか。
いや、その両方かな、とも五郎兵衛は思う。
いずれにしろ、真ん中に芯があるから何かが成り立つのだという、信奉者的な芯の捉え方には五郎兵衛は賛成し切れないのだった。
なぜなら、そうした意味で芯があった人たちは、あの戦乱を生き残れなかったからだ。
日本人が言うところの、芯があるとか、ぶれないという意味は、おそらく固定した意見や信念を持っているとか、それにこだわって生きていくということなのだろう。五郎兵衛はそう考える。
でもそれは、生きていくことが保障されている環境のみで問える話だ。明日食べるものを心配しなくてもいい人たちだからこそ問える、生き方の美醜という贅沢さだ。
明日の命があるかどうかわからず、まず生きることそのものにしがみつかなければいけない状態では、日本人が言うところの芯など、信管剥き出しの対戦車地雷にも等しい。
だって、王族に肩入れした者たちはみんな殺されたのだから。
正義を問おうとした者たちもみんな殺されたのだから。
ポル・ポトの毛主義に邁進した者たちもみんな殺されたのだから。
なにかを発言した者たちはみんな殺されたのだから。
そしていつも争いごとを起こすのは、芯を口にする者たちだ。ぶれないと胸を張って平気な者たちだ。
自分には、そんなものはないと五郎兵衛は思う。
タイ国境の難民キャンプ、サイト2から難民帰還バスに乗って再びカンボジアの土地に戻ってきた時、ぬかるみと地雷の原野にもう故郷の街はなかった。
父も母も、姉も妹ももういなかった。
迫り来るポル・ポト派の砲撃をぬうように家族全員で街を抜け出した時、父親は全員に言ったのだった。
「これからはおそらく、全員がばらばらになる。いつかまた生きて会うために、いいか、人間であることを忘れろ。正義だとか理想だとかに一切縛られるな。必ず生き延びて、私たちは再会するのだから」
ポル・ポト派のキャンプに強制収容されていた時代も、素足で歩いてサイト2まで辿り着いた時も、そして国を離れこの日本にやってきてからも、五郎兵衛は父親のこの言葉を忘れたことがない。もし、敢えて芯と呼べるものがあるとするなら、それは一家が離散する寸前に放たれた父親のこの教えだった。
帰還バスから眺め続けた荒涼。永遠に続くかと思われたそのぬかるみに、五郎兵衛は父の顔を、母の顔を、姉を、妹を思い浮かべていた。ただひたすら泥の海の向こうに、消えてしまったかつての日々を見ようとした。
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